雙葉日記

2026.02.09

今朝の祈り

2026年2月9日

新しい週のはじまり、大変強い寒波が列島を覆った週末が明け、白い衣を山裾まで広げた富士の山の威風に身の引き締まるすがすがしい朝です。今日もよくいらっしゃいました。朝のひととき、心を合わせ、祈りましょう。

大雪に、オリンピックに、歴史的な選挙結果と、ニュースの多い週末でしたね。選挙の際によく聞かれる言葉に「~していかなければならない」「~でなければならない」というものがあります。国家という大きな船の行く先を決め、その船に乗る人々の幸せになるための力を負託される政治家の皆さんがこのような言葉を使う必要に迫られるのはもっともですが、一方で、私たちの心や周囲の人とのかかわりの器の中にこのような言葉がたまっていくと、どこかで抱えきれなくなり、あふれてしまうようにも思われます。

ここ数週の週末に読まれる箇所をはじめ、聖書はそのはじまりから終わりまで、今ここに生きているすべての人を「極めて良い」、世を照らす「光」、世に味をつける「塩」であると述べ、どんなときでもとにかく、あなたがすばらしく愛された存在であることを伝えることに徹しています。

私たちはついつい自分や周囲の欠けたところや弱いところばかりに目がいき、「こうでなければ」「ああでなければ」と考えがちですが、角や辺の整った正三角形よりも少し角の丸まった形の方が、きれいな円より瓢箪のように少しくぼみのある形の方が柔らかい印象を与えます。人は、欠けたところや弱いところを持つからこそ優しい存在でいられるのでしょう。

ここぞという大切なときには高い目標を掲げつつ、自らや周囲の輝きも知り、すでにある輝きを磨いていける人であれるよう願い、手を合わせて祈りましょう。

人に愛をあらわす

天の父よ、あなたはわたしたちに

自分を愛するように人を愛しなさい、と命じました。

わたしはあなたの望みどおり、人のよい点を認め、

ひとの過ちをゆるし、ひとの立場を理解し、

協力することに努めます。

キリストよ、あなたは惜しみなく、

すべての人のゆるしとしあわせをあらわしました。

わたしがひとの弱さや乏しさに、

すすんで愛を示すことができるように

導いてください。

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