2025年2月3日
新しい週のはじまり、立春を迎え、庭先に小さなお花を咲かせるお家も見られる朝です。今日もよくいらっしゃいました。朝のひととき、心を合わせ、祈りましょう。
ここのところ、著名人や有名企業の世間を騒がせるできごとや人の命が関わるような大きな事故の報道が相次ぎます。報道される度、さまざまな思いが沸き、どこか心をざわざわとさせられるという人もいるかもしれません。誰もが広く世間への発信の手段を持ち、飛び交う過激な言葉に、責任ある立場の人の発言までも少し大げさな表現になりがちです。責任の所在や原因を明らかにし、同じようなことが二度と起こらないようにすることの大切さは承知しつつも、そこに冷静さが失われることのないよう願うばかりです。私たちは悪とされたものを袋叩きにすることや、なにか陰謀めいたもの、誰かを殊更に責め立てて反論もできないほどにねじ伏せるようなことに、快感のようなものを抱いてしまう性質を持っているのかもしれません。それでも、言葉の持つ力、恐ろしさをよく認識し、いつも冷静さを失わず、すべての人の尊厳に思い至らせることのできる人であり続けられるよう、深い思慮や分別への導きを願いながら、手を合わせて祈りましょう。
人に愛をあらわす
天の父よ、あなたはわたしたちに、
自分を愛するようにひとを愛しなさい、
と命じました。
わたしはあなたの望みどおり、人のよい点を認め、
ひとの過ちをゆるし、ひとの立場を理解し、
協力することに努めます。
キリストよ、あなたは惜しみなく、
すべての人にゆるしとしあわせをあらわしました。
わたしがひとの弱さや乏しさに、
すすんで愛を示すことができるように
導いてください。