2024年11月25日 朝の祈り
新しい週の始まり、なんだかゆっくり味わう間もなく秋が過ぎ去っていく日々の狭間、小春日和の朝です。今日もよくいらっしゃいました。朝のひととき、心を合わせ、祈りましょう。
11月、カトリック教会では死者の月とされ、先に天に旅立った人々を想うこのひとときを終えると、新たないのちの誕生を待ち望む時を迎えます。
いのちについて思いめぐらすこのとき、今月半ばに亡くなられた詩人・谷川俊太郎さんの詩から祈りたいと思います。
言葉にすることの難しさ、簡単ではないその作業と向き合い続けられる中で、言葉への疑いを常に抱き、むしろ自身は無言を好むとも仰っておられました。良い音楽には自分がないと言われるように、そんな音楽に匹敵するような一行を書きたいと願い、そよ風や浜辺の波音のような詩を求めて、自然とのつながりや子どものような純粋な視点を忘れることなく歩んだその生涯の最後に書かれたのは「感謝」という詩でした。
目が覚める 庭の紅葉が見える
昨日を思い出す まだ生きているんだ
今日は昨日のつづき だけでいいと思う
何かをする気はない どこも痛くない 痒くもないのに感謝
いったい誰に? 神に? 世界に? 宇宙に?
分からないが感謝の念だけは残る
ただただ自らの命の奥底に声にもならず響き、湧き出る思いを綴られた詩から、私たちのいのちの深みに何者かへの感謝があることを知らされます。私たちもそのように自然にあふれているはずの感謝の念を忘れることなく歩むことができるよう願いながら、手を合わせて祈りましょう。
朝の祈り
新しい朝を迎えさせてくださった神よ、
きょう一日わたしを照らし、導いてくだあし。
いつもほがらかに、すこやかに過ごせますように。
物事がうまくいかないときでもほほえみを忘れず、
いつも物事の明るい面を見、最悪のときにも
感謝すべきものがあることを、悟らせてください。
自分のしたいことばかりではなく、
あなたの望まれることを行い、
まわりの人たちのことを考えて生きる喜びを
見い出させてください。