「なぜ今学んでいるのか」という問いに向き合えた一日でした
10月17日(火)、視聴覚室にて「高3黙想会」が行われました。長崎南山中学校・高等学校校長の西経一神父様をお招きし、今日一日、授業や慌ただしい日常から離れて、神父様のお話に耳を傾けました。神父様はご自身の子供時代の経験を交え、所々に生徒たちの笑いを引き出しながらも、自然と心が引き込まれる講話をして下さいました。
講話の中で、神父様は「ものごとには全て、その背景がある」ということ、つまり今表面に見えることからだけでは相手や物事を真には理解できないということを強調されていました。そして、「背景」を理解できるのは、人間ならではの力によるものだそうです。高3生たちが今勉強している目的も、「良い大学に入る」ためではなく、どんな学問分野を志したとしても、それぞれの事象の背景を紐解いて捉える「人間になる」ためのものだということを教えて下さいました。
また、やり取りや交換で成り立っている世の中で、私たちが人生の一番最初に無条件でその存在を受け入れてくれる父親、母親の愛についても説いて下さり、今年「成人」を迎える生徒たちにとって、自分をこれまで支えてくれた家族に対しての感謝の念も、改めて感じることができたようです。
講話の後、聖堂にて、西神父様の司式によるミサが行われました。各クラス代表の生徒、教員代表による共同祈願を通じて、心を一つにしてお祈りし、学年全体の連帯がより高められました。
神父様から、高3の今だからこそ心に響くお話をいただき、充実した時間となりました。