雙葉日記

2020.06.20

週末の聖書朗読

知ることを通して知られていることを信じる

週の締めくくりの一日、さわやかな青空のもと生徒たちが登校する様子に改めて喜びを感じています。気のせいか、小鳥のさえずりもいつもより高らかに聞こえました。

週末の朝礼は「聖書朗読」の時間です(写真1)。

今日の福音では神様を信頼して生きよ、ということが教えられています。私たちは日々、さまざまな「恐れ」に取り囲まれ、心が委縮してしまい、「私たちのことを心にかけ、私たちの全てを知っておられる神様」を知らずに生きています。そんな私たちのためにこそ、イエス様は十字架を担われました。私たちの痛みや苦悩を知ってくださっているということを告げるために。

聖書朗読に入る前のお話の中で先月末、104歳で逝去されたシスター茨木のことが紹介されました。シスター茨木は幼きイエス会(ニコラバレ)静岡修道院にいらっしゃったシスターです。最後まで穏やかで、笑顔を絶やさなかったシスター茨木。そのお人柄の根底にあったものは神様への確かな信頼であったということをうかがいました。私たちもイエス様を知ることを通して、神様に知られていることを信じるように招かれています。そのことを感じながら生活していくことができますように。

マタイによる福音 10章26節~33節の朗読に耳を傾けました。シスター茨木は最後の10日間は食事も取れない状態だったそうです。そのような中でもヘルパーさんの頭を撫で、黒髪の美しさをたたえながら労をねぎらったり、同僚のシスターの頭を撫で、癒してくださったそうです。優しく開かれたシスターのお心を感じるエピソードでした。

ほほえみは何の苦労もない人、不幸、災難に遭わない人が持つ特権ではない。

むしろ、そのようなことに出逢って後に生み出されたほほえみは自然のものよりも美しいし、人の心を平和にする力をもっている。

渡辺和子『美しい人に』より

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