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2017.12.26

キャンドルサービス・ミサ・クリスマス会

世界に平和の光がもたらされ、輝き続けますように

 「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。あなたは深い喜びと大きな楽しみをお与えになり、人々は御前に喜び祝った。
ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、『驚くべき指導者、力ある神。永遠の父、平和の君』と唱えられる。」(「イザヤの預言」より)

 22日(金)の講堂朝礼に引き続いて、「キャンドルサービス」と「クリスマスミサ」が行われました。
 キャンドルサービスは沈黙の静寂の中で、講堂内の照明が全部消された「闇」の状態から始められました。最初に灯された壇上の一本のろうそくの小さな光は、クリスマス会実行委員の手から、生徒一人ひとりの持ったキャンドルへと次々と移されていきました。そして全員の持つキャンドルに灯りがともされると、コーラス部の合唱に合わせて、皆で聖歌「しずけき」を合唱しました。

 続いて、カトリック横浜教区の梅村昌弘司教様の司式により、クリスマスミサが行なわれました。司教様のお話では、聖書の世界における「光」について教えていただきました。『聖書』の「創世記」の冒頭では、神様は「光あれ」という言葉を発せられます。この言葉には「すべてのものに光を」という意味が込められていますが、この「聖書」が編纂された背景として、イスラエルはバビロン捕囚などにより亡国の危機にあったといわれます。また、クリスマスの本当の意味である「キリストのご降誕」のその場所は、深遠な闇に包まれた、極寒の家畜小屋でした。このように、「闇」の中で現れる「光」というのはその闇が深ければ深いほど輝くものであり、その「光」から希望を見出すことが人間の真の喜びです。長い人生の中で、人はいくつもの「闇」を経験します。それは生きるうえでの様々な悩みであったり、人智では抗えない自然災害であったりしますが、そういった人生における闇そのものは消えなくても、確かに言えることは、「イエス様は一人一人のそばにいて下さり、光を与え無償の愛を注ぐ」ということ、そして「私たちはそのイエス様の愛を受け取り、希望を見出していく」ということです。人間の名誉とか利益といったものはいつかは消えうせてしまうけれど、「愛」は決して滅びないものだと、司教様は強調されました。
 昨今、クリスマスをはじめとしたキリスト教圏の行事を盛大に祝う風潮が日本にはあり、特にクリスマスのイルミネーションは互いに競うかのように豪勢に街中を彩っています。しかし、本来のクリスマスの意味は「救い主キリストのご降誕を祝う」ことであり、それとともに生まれ出たつつましやかな「光」は世界に希望を見出すもので、その「光」は自分だけで所有せず、世界に分け与えられていきます。
 このことを象徴するキャンドルサービスや、ミサでの司教様のお話を通して、私たちも本来のクリスマスのあり方にたち返り、心静かにキリストの降誕を祝い、世界のために祈ることができました。
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キャンドルサービスの様子。

壇上ではコーラス部が美しい歌声で合唱しました。


クリスマスミサの様子。

 この日の午後には、引き続き講堂にて、「クリスマス会」が行われました。クリスマス会実行委員会の運営のもと、7つの部活動が明るく楽しい雰囲気でのパフォーマンスを披露し、講堂内は歓声と拍手で盛り上がりました。

◆プログラム◆
1 ハープ部
2 コーラス部
3 聖歌隊
4 高3音楽選択者(サックス独奏)
5 吹奏楽部
6 英語劇部
7 創作ダンス部
8 演劇部
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ハープ部の演奏の様子。

コーラス部の合唱の様子。


聖歌隊の合唱の様子。

高3音楽選択者の演奏の様子。


吹奏楽部の演奏の様子。

英語劇部の上演の様子。


創作ダンス部の発表の様子。

演劇部の上演の様子。


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